隣のトトロおじさん(2)
【第1話から読むのがオススメ】
腕時計をチラリと見て、バスの到着予定時刻までもう5分も無いことを再確認する。数分乗り切ればいい。バスさえ来れば、例え同乗したとしても、離れた座席に座ればいいだけだ。A男は意を決して、このトトロおじさんと対峙することにした。
―――それが、すべての始まりだった。
「ええ、まあ…。」
A男は当り障りのない返答で相手の様子をうかがうことにした。
するとトトロおじさんは、やや居住まいを正し、恐る恐るといった感じで尋ねてきた。
「……どう、かな?」
「……は?」
「あ、いや、だからね、…そのー、見えているのかな、と。そのー、…トトロに?」
「……あ、あー。えーーー…。」
A男から言わせれば当然答えはノーである。ただの変態にしか見えない。けれど、気恥ずかしそうに尋ねてきた様子から考えれば、イエスと言っておくのが無難なように思える。しかしどうだ。イエスと一度認めてしまったが最期、いつまでも馴れ馴れしく話しかけられてしまうのではないか?そうなれば、もうすぐやってくるバスの中でも、この状況が続いてしまうかもしれない。A男は、間違いなく怒り心頭に発しているであろうフィアンセをどうやってなだめるか、まだ妙案が浮かんでいなかった。考える時間が必要なのだ。しかるに、この変態と仲良くなってしまうのもまた、避けなければいけなかった。
イエスかノーか。必死にまだマシな方を選ぼうと頭をフル回転させるが、なかなか答えは出ない。どちらかを選べばこの状況は抜け出せるのか?あるいは、どちらを選んでも地獄なのか?時間がない。このまま沈黙を続けるという事は、ノーと表明しているのと同じことだ。A男がいよいよトトロおじさんの視線に耐え切れず、答えを出そうとした時だった。
「いや、いいや!いい、やっぱりいいです。」
助かった。しかし、その安堵感は悟られまいと、ポーカーフェイスで聞き返す。
「え?いいんですか?」
「だって、どうせトトロじゃないと思ってるでしょ?ね?思ってるよね?ね?」
「いや、…あの、」
「思ってますよ。どうせ。なんの根拠も無く否定するんですよ。」
一難去ってまた一難。気まずい空気が流れる。
A男は、まるでひとでなしのように言われたことに反感を覚えたが、これはこれで、付かず離れずの距離感を保てそうな気がしたので、特に反論はしなかった。
「何事もね、確かめもしないで決めつけちゃいけませんよ。」
そう言うとトトロおじさんは、急に真剣な顔になった。
すると、にわかに風が吹き始め、林がザワザワと鳴り出した。
「ヴヴヴうおおおおおおおあああああ!」
突如として雄叫びをあげるトトロおじさん。
つられるように、A男の第六感もざわめきだす。奇跡が、…起こるかもしれない!
「ヴぁぁぁああああああ、………ペッ。」
タンだった。タンが絡んでいた。
ねこバスがやってきて、あっという間に彼女とご両親の待つ家に連れて行ってくれる、なんていう妄想は、タンと一緒に劣化したアスファルトへ吐き捨てられた。
そしてA男は確信した。こいつは、単なる変態のおじさんだ、と。
【↓続き↓】
えっ?これ帽子じゃなくてラッコなんですか!?あー、どうりで頭蓋骨カチ割れてるわけだ。
— 水輪ラテール (@minawa_la_terre) July 12, 2014