隣のトトロおじさん(4)
【第1話から読むのがオススメ】
バスが到着した。
A男がトトロおじさんの方を向くと、奴は視線をそらせながら、
「あれ?おっかしいなー。」
と悪びれること無く言った。
首根っこ捕まえて、クドクドと説教してやりたい気持ちもあったが、今はそんなことをしている場合ではない。代わりと言ってはなんだけれど、腹の虫を収めるために、去り際に嫌味を一つ置いて行くことにした。
湿り気を帯びた木製のベンチから腰を上げ、ズボンとバッグに付いた木のクズを払い、歩き出す準備を万事整えると、思った通り、トトロおじさんも腰を上げようとした。その予備動作を狙いすまし、こう言ってやった。
「ねこバスに乗るんですよね?いやぁ、羨ましい。それでは、僕は普通のバスに乗りますので。」
効果テキメンだった。トトロおじさんは、ベンチからギリギリ離れないまま、しかし立ち上がることも出来ずにいた。ただ不自然な姿勢に耐えているのか、やり込められた屈辱を耐えているのか。とにかく、極々微妙にではあるがプルプルと震えているように見えた。A男は、ニヤケそうになるのを必死にこらえながら、軽く会釈をしてバスへ歩を進めた。
一体いつから走っているのだろうか?ワゴン車を一回り大きくした程度の大きさにやや丸みを帯びたフォルムと、かつては白と緑で上下半々に塗り分けられていたであろう車体は、いまやアイボリーと薄ボケた緑色になっていて、よく言えばレトロな、悪く言えばオンボロなバスだった。
不思議なもので、ほんの2分前ならイタズラに不安感を煽っていたであろうこのオンボロバスも、立派な田舎情緒だと思えるようになっていた。そういう意味では、あの変態にも感謝しなくては、などと心にもないことを考えながらバスに乗り込み、他に乗客の居ない車内を後方へ進んでいく。
窓の外を横目でチラリと確認すると、ややうつむき加減でプルプルしているトトロおじさんが見えた。プルトロおじさんだな、などと考えては、今度ははばかること無くニヤニヤしながら、最後尾窓側の座席へドカッと腰を下ろした。
安堵感と倦怠感を、先ほどのベンチよりは包容力のある青色のシートと、クーラーでひんやりと冷やされたバスの側面へ寄り掛けて、溜息とともに目を閉じる。
プー。プシュー。
ドアが締まり、エンジンの回転数が高まるのが聞こえた。
グオォォォーン。コツ、コツ。グゥゥウーン。
バスの走行音に人の歩く音が混じっているのに気づき、ハッと目を開いた。
悪予感がするよりも前に、アイツが居た。
ドアが閉まる直前に駆け込んだのだろう。肩で息をしながら、一歩ずつこちらに近づいてくる。よく見れば、上半身が汗でうっすら濡れている。まさか、まさか…。
「いやー。たまには、普通のバスもいいもんですねー。」
友好的な世間話を始めたわけではないのは、目を見れば明らかだった。一切笑っていない。
硬直するA男を尻目に、その隣へさも当たり前のように座った。それも、ただ座ったのではない。肌が密着するかしないかの位置へ座ったのだ。
所々舗装が剥がれ穴ぼこになっている所や、ややきつめのカーブを曲がるたびに揺れ、A男の上着にトトロおじさんの上腕がベタリとひっつき、再び揺れては、ネチョリと離れる。
寝たフリでもして乗り切ろうとしたA男だったが、さすがに我慢の限界だった。
「一体なんなんですか!」
つい声を荒らげてから、しまったと思ったが、案の定、運転手がマイク越しに注意してきた。
「えー車内、おすぃずかにぃ願います。」
なぜあんな変な抑揚を付けて喋るのか。怒りの炎に油を注ぎ、かつそれと相反する落ち着かなくてはならないという気持ちを増幅して、自己矛盾で悶死でもさせるつもりだろうか。だとすれば大成功だ。
A男がトップアスリート並に奥歯を噛み締めて、この如何ともし難い葛藤に耐えているのを見逃さなかった。
「どーもー。トトロでーす。」
そう言いながら両手を頭の上に持って行き、ウサギの耳を表現するようにパタパタ動かした。
【続き】
2人3ゴリラ
— 水輪ラテール (@minawa_la_terre) July 23, 2014