隣のトトロおじさん(3)
【第1話から読むのがオススメ】
ねこバスがやってきて、あっという間に彼女とご両親の待つ家に連れて行ってくれる、なんていう妄想は、タンと一緒に劣化したアスファルトへ吐き捨てられた。
そしてA男は確信した。こいつは、単なる変態のおじさんだ、と。
「そもそもですよ。見たことないでしょう、トトロ?実際には。ね?アニメだけでしょう?」
「ええ、まあ。」
A男にとって、もう話しの内容はどうでも良かった。適当に相槌を打ちながら、チラチラと腕時計を確認する。
「でしょう?いやね、私の言いたいのは、トトロっていうものは、言わば夢なんですよ。夢。つまりね、トトロを見ている人の心の在り方が、そのまま投影されるというわけなんです。ですからね、あなたに私がどう見えているのか、いま私にはわからないですけども、つまり、今の私の姿は、あなたの心の……、聞いてます?」
「え?あ…、はい。」
数秒の間があいた。
その間、トトロおじさんは無表情のまま、眉一つ動かさず、じっとA男を見ていた。
「あの…、すいませんでした。」
ほとばしる負のオーラに気圧され、とりあえず謝っておく。
「…………バス、来ませんよ。」
「……へ?」
A男は耳を疑った。
「こないですよ、バスは。バスってそういうものですよ。急いでいる時に限って、来ないんです。」
そこまで言ってから、さもノスタルジーに浸っているように遠くを眺め、続けた。
「あの時もそうだったなぁ。雨の中、トウモロコシを持った女の子が、なかなかやって来ないバスを、不安に耐えながら、じいっと待っていたんです。私はね、」
「ちょ、バス来ないってどういうことですか!?」
トトロおじさんは、一瞬悲しみとも不満ともとれる表情をしてから、今度は不敵な笑みを浮かべ、言った。
「呼びますか?……ねこバス?」
「ねこ…。いや、そんな、まさか…。」
「呼べば、信じてくれますでしょう?私が、本物のトトロであると。」
A男は困惑した。どうせ嘘に決まっていると高をくくってはいるものの、この変態の自信に満ち溢れた言い振りと、そんな事が起きたとすれば、現状確定している大遅刻という失態も免れるという打算が、もしやという気にさせるのだ。
「どうします?呼びます?」
その聞き方に、何か挑発めいたものを感じてようやく気づいた。これは、勝負なのだと。もしココでイエスと言えば、すなわちこの上半身裸の男をトトロと認める事になる。別に認めたっていいのだが、この勝負のポイントは、本当にねこバスを呼べるのか?にある。もしねこバスが来なければ、ただ単に、コイツをトトロと認めただけで終わる。この変態を、だ。
もしかしたら、どうでもいい事かもしれない。だがこれは、コロッケには醤油をかける派か、ソース派か、ケチャップ派か、という話に似ている。自分の信じていないものを認めてしまった瞬間、それまで積み上げてきた自分の、ほんの一部分ではあるが、確かに崩壊するのだ。人間にとってそれは、それなりに恐ろしいものだ。
とはいうものの、A男は揺らいでいた。ソース派がケチャップ派に変わった所で、仮にねこバスなんて嘘っぱちだった所で、自分になんの不利益があるだろうか?それに、もし万が一、億が一、ねこバスが来ようものなら、一発大逆転じゃないか。
―――A男は賭けに出る決断した。
「じゃあ、」
その時だった。
プロロロロロロ。キィーーー!プシューーー。
バスが到着した。
A男がトトロおじさんの方を向くと、奴は視線をそらせながら、
「あれ?おっかしいなー。」
と悪びれること無く言った。
【続き】
[バカのマスゲーム] 鱒が2000匹並べてあるだけ
— 水輪ラテール (@minawa_la_terre) July 13, 2014