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【ゴルゴダのしたり顔】殺し屋に『かやく』は欠かせない

春、これみよがしに薄紅色を散らす桜が、夏には力強く緑をたたえるように、殺し屋という特異な職業にも日々の生活は存在している。

 

いや、存在しているどころか、ほとんどがそれである。

いくら現代社会にストレスが蔓延しているとは言え、本当に殺してしまう事などごく稀なことだ。まして、殺人事件の動機のほとんどが「ついカッとなって」であることを思えば、殺し屋へ依頼する人間の総数などたかが知れている。本当に人を殺してしまう時には、後先に考えなど及ばないものなのだろう。

行き着く先は、同業他者とその小さなパイの奪い合いだ。いわゆる「権力お抱え」の大手ならツユ知らず、俺のようなフリーランスが実務に取り掛かっている期間なんて、それこそ桜が咲いて散る間ほど僅かなものだ。

もっとも桜とは違い、世間からは見向きもされていないのが実情だが…。

 

そんな具合なので暮らしぶりは決して裕福ではない。かのゴルゴ13のように、1件当りで億単位もらえたらどんなに素晴らしいだろうか、などと夜ごと布団に入る度妄想しているぐらいだ。蛇足だが、ゴルゴみたいに女を抱く妄想もしている。

 

今晩の夕食にしても、血の滴る分厚いステーキだとか高級フレンチだとかではない。そもそも肉なんて、西友で特売でもしてない限りは口にしない。特売しててもグラム88円を切らなければ見向きもしない。

殺し屋は時に、ターゲットが隙を見せる瞬間をじっと待たなくてはならないが、まさにこのスキルを最大限に利用するのだ。ひとたびグラム88円を切った時には、音もなく近寄り、誰にも気づかれる事なく買い物カゴへぶち込む。豚こま肉をぶち込む。誰にも気づかれること無く、だ。

 

こうして、ひたすら続く生活の中で暗殺スキルを磨いている。なかなかその為だけにエネルギーを使うのが難しいのは、暗殺の訓練もダイエットも同じだろう。生活の中に取り入れるのが最も効率が良い。こうした地道な努力が、いざという時に活きてくる。

事実、この「豚こまパック入れ」を応用して、スタバで誰にも気づかれること無く毒入りフラペチーノを仕込んだりしたことがある。スタバにもかかわらず、だ。

 

常にこういった努力は怠らないよう気をつけている。

今夜の晩餐も同じだ。いかにして自分の仕事に活かせるかを常に念頭に置いている。

 

食卓に並んだのは、世界に誇れるジャパニーズソウルフード、そう、カップラーメンだ。

 


今日のカップラーメン / Norisa1

 

いまや、日本だけでなく世界各国でも食されている食品だ。巧みに利用して暗殺することが出来れば、きっと仕事の幅も広がるだろう。

 

俺は電気ケトルに水を入れながら、どうすればカップラーメンで誰にも悟られること無く人を殺せるか思案を始めた。

 

 つまづいたふりを装って、カップラーメンに注いだ熱々の湯をターゲットに掛けるのはどうだろうか?いや、全身の90%に火傷を負わせて死に至らしめるには量が足りないか。だとすれば、スーパーカップ1.5倍ならどうだ?あれならば驚くほどの麺量、そして湯量だ。よしよし。実現の可否はともかく、こうして思考実験がスムーズに行える日は調子が良いといえる。

 

さて、今日食すのは、どんぶりタイプのカップ麺だ。

蓋を半分ほど開け、乾麺の上に置かれた『かやく』と『液体スープ』を取り出す。

本体に書かれた説明によれば、かやくは先入れ液体スープは後入れだ。

本当の名前は検討もつかない薄紫系の文字で『かやく』と書かれた小袋の端をつまんで持ち上げ、もう一方の手の中指でパンパンと弾く。中に入ったネギやコーンのミイラが小袋の底に落ちてたまる。スペースが空いた上部に狙いを定め、ちぎるように封を切る。

 

そこではたと、『かやく』に思いが至った。

かやく…。火薬といえば拳銃だ。殺し屋と聞いて拳銃を思い浮かべる人も多いだろう。確かに拳銃を好む殺し屋も居るが、どちらかと言えば特殊な部類だ。

なにせ拳銃を手に入れるのは手間と金がかかる。その割に音はするし扱いは大変だしで、拳銃以外の技術がある業者が積極的に使うことはない。かくいう俺も拳銃はほとんど使わない。

 

しかし『かやく』と名がついている以上、何かしらの攻撃力を有しているのではないか?

 

このセミの抜け殻ぐらいカラカラになったネギやコーンでは投げつけた所でダメージにはなるまい。だとすれば、特性を活かすのが近道だろうか。大量のかやくをターゲットの口の中に詰め込み、水を注ぎこむのはどうだ?一気に膨張してある種の爆発に似た現象が起こせないか?あるいは、かやくの海に放り込んで体中の水分を奪い殺すというのはどうだ?

 

『かやく』と呼ばれる割に、なかなかどうして武器になりずらい食品だ。世界にある武器が全てかやくになれば、きっと世界は平和になるだろう。

 

そんなことをつらつらと考えながら、かやくをどんぶりの中に入れ、電気ケトルの中身を注いだ。あと数ミリで、どんぶりの内側に刻印された「ここまでお湯を入れてね」ラインへと達する頃だった。

こんな日常で、俺は窮地に立たされてしまった。

 

すぐに目の前で起きている事態を把握する事はできなかった。硬直したまま、これまでの思考一つ一つがハラハラと頭から剥がれ落ちて消えていくのを、ただ呆然と眺めていたように思う。数秒、あるいは数十秒ほど経った頃だろうか。思考の花弁が剥がれ落ち、ようやく視神経を通り抜けた眼前の状況が頭の中で形を成した。

 

 

 

「これ、お湯じゃなくて水じゃん!」

 

 

 

 思案にかまけていたばかりに、湯沸かしのスイッチを入れる事に、注ぐときの熱さを感じる事に気づけなかった…。

 

肉体は完全静止したまま、取り留めもない思考だけが脳内を駆けまわる。

 

どうする?どうする?このままでカップ麺は出来るのか?

いや、万一できたとして、食べられるシロモノなのか?

せっかくの夕食が台無しだ。いや、まだなんとかなるか?

どうする?ネットで調べるか?いや、そんなことより、殺し屋としては今目の前の危機に対応すべきでは?素数でも数えるか?そんな事してる場合か!

 

とにかくこのままでは、せっかくの夕食が台無しだ。

こういう時もっとも正しい選択は、もっともシンプルであることが多い。

殺し屋としての幾らかの経験が、俺を導いた。

 

 

水だけを捨てよう。

 

 

そう、答えはいつだってシンプルだ。

流しへ行き、麺を落とさないよう押さえながら、どんぶりを傾ける。

しかし、カップ麺の女神はついに微笑まなかった。

 

 

 

あー!あー!

水と一緒に『かやく』が流れていくー!

 

 

ついでに俺の目から涙も流れていく。

一体なんだ?この悲しみは。

 

水とかやくを流し終え。八つ当たりでもするように湯沸かしスイッチを入れる。

コポコポコポと鳴り盛大に蒸気を上げて、あっけなく湯がわく。

電気ケトルが見せるやる気に反比例する鬱屈した気分で、かやくのないカップ麺へ湯を注ぐ。

 

このどうしようもない虚しさは一体なんなんだ?

かやくなんて別に大した栄養があるわけでもない。無くたって全く困らない。誰も困らない。それは頭で理解しているにも関わらず、この胸にカビのように繁茂している虚しさは?

 

…そうか。心の何処かで、無くても構わないものにシンパシーを感じていたのかもしれない。いつのまにか自分自身を重ねていたのだ。

 

『かやく』に肉体を破壊する力はない。

だが俺の心には、小さな傷を付けたようだ。

 

 

殺し屋と『かやく』。

全く…、因果なものだぜ。

 

ズルーズルー(ラーメンをすする音)

 

 

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